特許開発から起業、迷ったり悩んだり・・・・でも走っていれば何処かに着くはず。
SNSで傷ついている人へ
リコーダーコンテストは今年で40回目を迎えました。
平成最後の年でもあり、昭和、平成、「?」の時代を経て、
続いてきた伝統あるコンテストです。
今年も万障繰り合わせて観に行きました。
「人はパンのみにて生きるにあらず」と言いますが、
私にとって、大きな原動力になっている、大切なイベントです。

毎年、感動するんですよ。 緊張感や熱気みたいな測れないものが、
会場全体にあるんです。 それと、子供たちのキラキラした生命力が、
先入観でいっぱいの愚かな大人たちの予測みたいなものを、
サラリと裏切るんですよ。 爽快!

ところで、まったく違う話になりますが、
昨日、ふと思ったのです。 自分は「コンテスト」というもの自体が、
試合形式として好きのだろうな、と実感しました。 

試合形式として、格闘技は目の前に、対戦相手がいます。
球技もそうですよね。 でも、コンテストに近い戦い方として
フィギュアスケート、新体操、体操、シンクロナイズドスイミング
・・・・などのように、審査得点で決まるものがあります。

戦う相手が他の誰かというより、自分なのかもしれません。
弾きたい曲を選んで、その曲への思いを伝えたくて
一生懸命、楽器の練習をして集まるということです。

ここまでは「コンサート」も一緒ですが、
「コンテスト」は演奏を評価・審査され、結果を言い渡される
という、自己満足では無い客観性のある一種の「承認」があるのです。

何時か私自身が、あまりこの「承認」についての欲求が
無いという事を書いていたと思います。
でも、コンテストに参加することも、賞を意識して挑戦することも
この承認欲求を満たす行為と同じじゃないかとも言えますよね。

SNSが気にならない私が何故・・・・・・・・・・

これ、承認する人が誰かという事だ思うのです。
社会的な責任を担う誰かの評価だからです。
「信じられる評価」だという事、それに尽きます。

近頃の「ネット炎上」とか、バッシングであるとか・・・
それは大きなところ、小さなところで日常起こっていることです。
そこに、もし傷ついている人が居たら、思い出して下さい。

忠告を無視して、開き直れというアドバイスではありませんよ。
耳を傾けるべき金言は混在しているのかもしれません。
でも、あなたを傷つけるSNSの発信者は、あなたが
傷つくに値する人からのものですか?
面識も無い、無責任で根拠も無い中傷なら、傷つかないで下さいね。

審査員はもっと、愛情を持って導いてくれる人たちです。


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