特許開発から起業、迷ったり悩んだり・・・・でも走っていれば何処かに着くはず。
左橈骨遠位端骨折の手術 体験しました。
「左橈骨遠位端骨折の手術の体験記」・・・
手術後a

手術の選択

骨折の原因は人それぞれで、程度も様々だと思います。
私の場合、固定だけの選択もありましたが、早期社会復帰と、
後遺症を残さないために、手術を選択をしました。
受診した時、夫にも付き添ってもらっていたので、夫の仕事の
スケジュールも考慮して、手術は受診した日の1週間後に
決まりました。

普通、入院した初日にする事が多い、手術前の諸々の検査ですが、、
手術を決めたこの日に、ちょうど近くの医大の循環器系の医師の方も
いらしたので、ある程度済ませてしまうことになりました。(結局、全部)
内容は血液検査と尿検査、肺機能と心電図、エコーまで、
しっかりして頂きました。

実はここ数年、健康診断とか、人間ドッグとか、忙しさに感けて
受けていませんでした。 それに、全力で走らなければいけない時に、
走れなくなることを知りたくなかったのもあります。
年齢的にどっかに悪いところがあってもおかしくないし、
今回、ついでに知っておくのも良いかなと観念しました。
子どもが大きくなると、私は自分についてはいい加減な人間です。
徹夜もしょっちゅうだし、食事も適当だし・・・・・・
罰が当たってもしょうがないなと、思いながら受けましたが、
手術後に頂いたデータには、何処も悪いところが無かったそうです。
検査のきっかけはともかく、健康診断になって良かったです。 
安心しました。

しかし、この検査で「ガン」とか見つかったとしたら、この手首の
手術は要るだろうか・・・・・・?って迷いました。
いや、余命1年と言われて、そのうちに6週間をギブスで過ごすくらい
なら早く自由になった方が良い、やっぱり手術だ!と
いう訳で手術には積極的に臨みました。

私の中の葛藤はさておき、検査内容について。
肺機能のテストは初めてなので、ちょっと書いておきます。
①息を思い切り吐けるだけ吐く。②息を吸えるだけ吸う。
そして、③息を出来るだけ早く吹く。 これらのデータを
正しく取るために、看護師さんの指示通りにする訳ですが、
この看護師さんは、何度も説明なさっているんでしょうね。
実に説明と、誘導のタイミングが的確なんです。
全体の流れの説明があって、「はい、吸って下さい」
「さ、吐いて・・・・・・・まだ行けます。・・・・・はい、お疲れ様でした。」
お陰さまで、サクッと終わりました。 素晴らしい!

余談ですが、この肺活量が基準に満たないで、訓練しなければ
ならないケースもあります。 そこで「スーフル」という呼吸訓練器を
ご存知でしょうか?手術で治そうと思っても、手術に耐えられる
肺機能が足りなければ、受ける事が出来ないのです。
何とも・・・・・・・
dim.dim.の開発でリコーダー吹いたりしてますからね。
自然に、訓練していたことになります。

入院までのあれこれ

帰宅してから、加入していた保険を思い出し、ネットで
入院保険請求の為の手順を確認しました。
取り寄せる書類があり、 保険担当者に電話したりして、
集めました。  自分で書くところが多いので、手術後、
仕事に早く復帰を希望していらっしゃるなら、手術前にご準備を。
退院と同時に先生に書いてもらわなければいけない書類を
お渡しすることが出来ました。

それと、一応、手術ではあるし、100%失敗が無いわけでは
無いので、万が一の時の指示をまとめて、夫に渡しました。
A4一枚程度ですが・・・・、死ぬ予定は無いので、家族には
一言も無し(笑) 冷たいと思われたでしょうか。
今何かあったら、2か月後の2つの展示会やら、
既に引き受けている仕事、誰かに迷惑を掛けるわけです。 
今月末の振込とか・・・・・
一応、やれるだけ済ませて入院しました。

入院前に手術に関する同意書を渡されますが、ちょっと、
望んでいない結果もあり得ることが書いてありますが、
納得してサインしました。 入院当日、忘れずに持参するものの
一つです。 家族の同意欄は無く、私のサインだけで済みました。

入院前日まで、仕事はいつもと変わらず・・と言いたいところ
ですが、台風が来ていた当日のお約束だけはキャンセルしました。
何しろ、傘を持ったら他には何も持てません。 これでもう一回
転んだりしたら、もう片方の右手首?考えただけでも恐ろしいですね。
他は、パソコンも片手で何とか打てるので、メールのやり取りも出来るし、
ちょっと時間がかかりますが、おおむね出来ない事はありません。

<出来ないこと>
右腕を洗う。 ヘアクリップで髪を上げたり、ゴムで留めたりなど、
ヘアセット全般。 
<意外と難しいこと>、片手洗顔、片手洗髪、ファスナーを
上げる、服の脱ぎ着、封を切る、開ける。 切手の切り離し、
パソコンの片手操作、 今思いついただけでも色々あります。

出来るだけ、指は動かした方が良いと言われていたので、
使おうとしましたが、ギブスというか固定しているものが邪魔で
殆ど動かせていませんでした。 意識しないと、指を伸ばす事も
しません。 腫れがひどいと手術出来ないそうです。 指を動かす
事で、腫れがひいてくるそうなので、ここは頑張りましょう!

いよいよ入院、そして手術

そして、入院当日は既に術前の検査も終わっていたので、
のんびり午後に入院、病院ライフを楽しみました。
パソコンは持ち込みOKでしたが、本だけ持って行きました。
スマホって、なんか情報量が少ないような気がして、
パソコン開かないと落ち着かない性質でしたが、
この入院で、「意外と使える道具」と認識が変わりました。
夜、手術して下さる先生3名が揃って、ご挨拶に来て下さって、
「明日はがんばりましょう!」と声をかけられました。
この日の夜9時以降断食で、手術当日5時から断水、
朝7時から点滴が始まり、朝1番、8時半からの手術準備
9時から10時までが手術で11痔には病室に戻って
いるでしょうという事でした。

ちょっと慣れないベッドで、直ぐには寝られませんでしたが、
シャキッと手術当日を迎えました。
夫も来て、看護師さんが手術着に着替える手伝いをしてくれて、
歩いて1階下の手術室へ、点滴棒を持って異動でした。、
途中「いってらっしゃい」と、他の看護師さんたちからも
声をかけられて、緊張感も無く手術室へ、笑顔の先生方に
「よろしくお願いします。」とあいさつして、ベッドに横になったとき、
あれ?流れているのはキョンキョンの曲?先生チョイス?
と思っているうちに意識が無くなりました。

目が覚めると自室のベッドの上で、先生から夫に
骨折部分にプレートが副えられている上の写真が
渡されていました。
全身麻酔で、左腕には神経ブロックもしてあったので
全く腕は感じず、自分で動かす事も出来ません。
胸の上にあり、アイスノンで包帯の上から冷やしてありました。
痛みと冷たさの区別がつかない感じでした。
寒い手術室から戻ったばかりだったので、胸の上の
アイスノンの冷たさが堪えました。 
右手で持って移動、力の入らない左腕って重いんですね。
この、自分の手では無いような感覚が数時間ありました。
恐らく5、6時間くらいだったと思います。
何度か、看護師の方が来て、
「しびれているところとか」ありませんか」と訊いて下さっていた
いたのですが、何しろ、感じないのですから解りません。

それは、途中、お見舞いに来てくれた他の家族によって
発見されました。
「ねえ、指の方が紫色だけど大丈夫?」
本人からは、見えないんです。 ナースコールで呼んで
見てもらったら、包帯がきつかったようで、指先の方だけ
巻き直してもらって、事なきを得ました。
家族が帰るころには血色も戻っていました。

そうそう、忘れていました。 手術後に吐き気があることも
あるそうですが、私はありませんでした。

家族が帰って夕飯を食べるころ、じわじわと手術の
痛みがきました。 神経ブロックが取れてきたからでしょうね。
鈍くても皮膚感覚から覚めてきて触っていること、
冷たいのか、痛いのかくらいが区物が付くようになりました。
でも看護師さんが繰り返し訊いてくれる、「しびれている」の感覚は
分かりませんでした。

ちょっと感覚が戻ってくると気になるものが・・・
点滴は手術前のリンゲルだけでなく、術後は抗生物質も加わって、
これが翌朝まで続きました。 包帯でぐるぐる巻きの左手と、
点滴されている右手で、なかなか不自由で滅入ります。
気を紛らわすものは沢山あり、テレビ、本、スマホで調べ事・・・・・
しかし、痛みが増してきて、なかなか寝付けませんでした。
鎮痛剤とかもらってみようかと思いましたが、手術位置じゃない
ところが痛んでいるようなので、包帯の下に指を入れてみました。
?痛くなくなる?何故痛む?・・・・包帯キツイだけかもしれない。
と勝手に推理し、元気な怪我人は徒歩で一階上のナース室を
直接訪問、「済みません、今日、手術した○○号室の○○です。
圧迫ガーゼのところが痛いので、包帯巻き直してもらえますか」
・・・・・・言ってみるものです。
やっぱり、手術箇所そのものはそれほど痛くはありませんでした。
痛みの全ては、圧迫ガーゼの段になっているところだったので、
自室にもどるなり熟睡、翌日起されるまで起きませんでした。

色々なケースはあると思いますが、私の場合は手術も良好、
痛みは怪我とは関係無いところ・・・・・といったわけで
そういえば・・・・・・
骨折してから鎮痛剤、飲んだり貼ったりは、しませんでした。 
折った時、15分~20分は脂汗が出るほどの激痛でしたが、
その一時を過ぎればどうにかなりました。  
痛みって体力を消耗するんですね。 折った当日の夜、
何も飲まなくても私はぐっすりでした。
いいえ、、グッタリだったのかもかもしれません(笑)
とにかく、手術前の仕事中、術後の痛みも含めて、鎮痛剤を
飲まなければいけないような痛みはありませんでした。
我慢する必要もありませんが、私は胃が丈夫ではないので、
鎮痛剤はあまり飲みたくない方です。
ご飯がおいしい方が大切な食いしん坊なので。

手術の次の日

全ての感覚がいつも通りに戻っていたので、多少痛みが
ありました。 手も握ったり開いたり出来たので、筋や神経に
障害が残った感じはありませんでした。 
神様、先生、ありがとうございます。
ハッキリわかるのは手の甲や手首が腫れていることです。
それと、全身麻酔で肺に管が入っていたためか、みぞおちの直ぐ
上部の肋骨辺りが触ると痛iいことに気が付きました。

この日、帰宅できましたが、リハビリをしてから退院することが
選択できました。 朝、37度8分ほど熱もあったし、リハビリも
早い方が良いということでしたので一日退院を伸ばしてリハビリを
開始しました。
痛いなとは思っていましたが、こんなに動かなくなっていたとは
思ってもいませんでした。 柔らかい粘土をつまんでみてと
言われたのですが、笑いがこみ上げてくるくらい出来ないんです。
全く力が入らないんです。 骨折の為か固定されていて筋力が
落ちただけなのか・・・・ 思い通りになんて動きません。
リハビリはマッサージと訓練なのですが、マッサージしてもらうと
手首や親指の可動域が変わるのが良くわかります。
家で出来る簡単な訓練をいくつか教えて頂いて、退院の日までに
3回の施術を受けて退院しました。 
帰宅してから、リハビリの効果はとても大きかったと実感しました。
直ぐにパソコンは打てるようになっていたのです。
この程度の動きについては、全く痛みも無くて快適でした。 

退院時の注意として、手をつかない、500g以上は持たない、
絶対に濡らさない、水仕事は禁止、自転車もダメという事でした。 
因みに自転車は乗っても良いかと私が訊いたら、ブレーキも
掛けられないのでダメだと言われてしまいました。
それはそうですね・・・・

傷に付きにくいパッドを不織布で接着できるシートで固定して
さらに上から防水用のフィルムで覆っていただいて退院しました。

現在、手術からちょうど一週間になります。 

退院後、先生の診察とリハビリが2回あって、今日の診断で
傷も良好なので、何も貼らなくても良いと言われました。 
そういえば、手のひらの一部、手相で言う生命線の辺りの皮膚の
感覚がちょっと鈍いというか、感じにくいところがありました。
今日はずっと良くなっていて、残るかもしれないし、このまま回復
してくれるのか・・・ あまり気にならないところなので経過観察中です。
抜糸は・・・・と訊いたら、中で縫っているので必要無しということでした。
この先2か月くらいは、まだ手首は腫れているそうです。
その間、「重いものを持たない」「手をつかない」を厳守は続きます。
半年から1年の間で時間が取れるときに、金属プレートの
摘出手術が必要ですが、取った後は傷だけが問題で、
普通に物が持てたり、手もついて良いそうです。
プレートを取った跡の穴は全く支障にならないというのですが、
そこのところ、素人の私には不思議なところです。

病院や先生によって、手術も異なる部分があるかもしれませんが、
出来るだけ、記憶が曖昧にならないうちに、入院中のメモを元に
ひたすら書きました。
長々とかつて書いたことの無い長編になりましたが、
私の経験がご参考になれば幸いです。

先ずは怪我をしない事ですが、怪我をしてもこうした手術で
より早く社会復帰が出来るんですね。 医療技術の進歩に助けられました。
そして、先生やスタッフの皆さん、病院が良かったという幸運にも
感謝したいですね。 
信頼と安心感、この見えないものをしっかりと感じる事ができた
体験でした。 
関連記事

テーマ:健康 - ジャンル:ヘルス・ダイエット

トラックバック
トラックバック URL
トラックバック